あなたの知らない日動美術館コレクション展では、およそ60点の作品の展示予定でしたが、75作家、75点の作品がご覧になれます。
2階では物故作家、1階では現存作家の作品を展示しています。
展示作品のなかより、いくつかご紹介いたします。
斎藤与里の「野風呂」という作品です。1952年の制作です。
とてもほのぼのとした絵です。お父さんと子供が五右衛門風呂に入り、お母さんが髪を梳き、長女が団扇で赤ちゃんを涼ませています。
与里は恵まれた家庭に育ち、フランスへも留学しています。生家のまわりは牧歌的風景が広がっていて、現在は記念公園になっています。
育った環境がこのような絵を描かせたのでしょう。
金山平三の「コスモス」です。
風景画家として一時代を風靡した画家の作品は、静謐な空気が流れ、静かな時間を感じさせます。上品な色使いで、構成は正確で、画面には安定感があります。
花も多く描きました。短い命の花の美を、そして美しい風景を後世に残すため、画家は最高級の絵の具を使い、日本全国を旅しました。
絶対の自信をもって、私たちにその作品を見せてくれています。
佐竹徳「牛窓」です。作品は大きく112×145センチあります。
牛窓(うしまど)とは、瀬戸内海小豆島に面した瀬戸内市の町名で、画家がこよなく愛し、移住しました。
描かれているのはオリーブ園で、後ろに瀬戸内海と小豆島が見えます。牛窓には大きなオリーブ園があって、そこにアトリエを構えました。
セザンヌに傾倒した作風は清清しい空気を感じさせ、穏やかな陽気の風景が目の前に広がるようです。
里見勝蔵の「婦人像」です。
荒々しい色使いで婦人を描いています。なんでこんな色を使うのでしょうか。学校でこんな色を使うと、怒られてしまいそうです。
まさしく、フランスで師事したヴラマンク譲りのフォーヴ(野獣)的な色使いです。画家の激しい情熱、反骨の精神が、赤・緑・黄の原色によって表現されています。佐伯祐三にも影響を与えました。
硲(はざま)伊之助「F令嬢像」です。1940年制作です。
紫の壁の背景に赤い布、そしてグリーンのドレスと、色使いがアンリ・マティスを彷彿とさせます。
それもそのはず、画家はフランスに渡りマティスに師事しています。ピカソやブラックとも交友しています。日本で初めて開催されたマティス展では、夫人と共に尽力しました。
晩年は、古九谷を研究し自らもその制作に打ち込みました。
野間仁根「森の中」です。1933年の制作です。
森の中で女性たちが踊っています。馬がいて小鳥もいます。素朴な画風で知られる画家の絵には、童心があふれ、楽しく、幸せに満ちています。
動物が登場し、人間と調和し御伽の国のようでもあります。画家の信念は「自由に思うがままに」であったといいます。
そこにはとても自由な世界が広がります。瀬戸内の島で自由に育った画家は、多くの温かい作品をのこしました。
小松崎邦雄の「天と地の間」という作品です。
一見ちょっと不気味な風景です。子どもが土砂採掘現場?で遊び、なぜか天体ドームがあってカラスがいます。嵐の前兆のような空模様です。
作品はシュールレアリスム的ではありますが、どこか遊び心が漂っています。子どもへの愛情の表現のひとつだったのでしょうか。
舞妓や裸婦像などを多く描きましたが、子どもの絵本の挿絵なども手がけました。
岸田麗子「田之浦より見たる桜島」1956年の制作です。
画家、岸田劉生の一人娘です。劉生の麗子像は彼女がモデルとなっていました。父を師として絵を描きはじめました。
武者小路実篤の演劇活動に女優として参加したり、父・劉生を綴った回想記を著したりと、多方面で活躍しました。
父は麗子16歳のとき死去し、自身も48歳で没します。回想記出版の目前でした。
以上が物故作家です。
ここから、現在活躍中の画家の作品です。
藤井勉「おとめ」です。
画家には娘が三人います。その成長記とも呼べる連作を描いています。精密で実存するような描写力があります。娘への愛情が溢れています。
いま写真で残す成長記はごく普通ですが、このように父親に描かれる娘さんは、なんと幸せなのでしょうか。
自然の風景を暖かなまなざしで描いた作品もあり、いずれにしても画家の優しさが感じられます。
櫻井孝美「いくつかの春」という作品です。
喜びが画面いっぱいにあふれています。富士山麓に住む作家の絵には、富士山がたびたび描かれます。娘三人と鯉のぼりがあって、男の子の誕生を喜んでいるのでしょう。
家族の想い出のなかに、生命と、その源の水のエネルギー感が溢れている、家族賛歌の大作です。
松井ヨシアキ「星うたい」です。
パリの夜空の下で、ピエロがブランコにのって楽器を手にしています。夜空には星が輝いています。愁いを帯びた表情が印象的です。まわりにカーテンらしきものがあり、舞台なのでしょうか。
画家は哀愁と詩情に満ちた、パリの下町の人々の風景を描いてきました。ときに悲しく、ときに楽しく。
山本文彦「女に」という作品です。
物語性のある女性たちを多く描いています。幻想的な雰囲気のなか、何かを語りかけてきます。的確なデッサンで画面を構成しています。
緑色は森のなかのイメージなのでしょうか、自然と女性が一体化した大きな母性のイメージも感じられます。
筑波大学で芸術学系教授として教鞭を執り、現在は名誉教授となっておられます。
桜田晴義「黒いボデゴン」です。
スペインでは「静物画」のことを「ボデゴン」といいます。果物、水差し、食器、ワインなどが、いかにもそこにあるかのように描かれています。
居酒屋が語源のボデゴンは、食物が主に登場し、スペインではひとつの絵画のジャンルとしてあります。そこに実存するかのように描かれたものたちは、厳粛ささえ漂わせています。
画家はスペインで制作活動をされています。
筧本生(かけい もとなり)「ウィニングスマイル」という作品です。
ユーモラスな絵です。競馬で勝ったのでしょうが、笑みというよりは、おとぼけの表情です。
作家には人物の表情を描いた作品が多く、一見無愛想な表情ですが、どこかユーモアが漂い、ほのぼのとした温かさがあります。
その無言の表情には、作家の人間観察で得られた、含蓄のある人生の機微が描かれています。
パリで制作を続けておられ、このほど在仏30年になりました。
これらの作品のほかにも、初出品や展示機会の少なかった作品がたくさん展示してあります。
どうぞご来館していただきご覧になってください。
〈K.K〉